歴史鉄塔研究所
群馬幹線
金井水力発電所から川崎変電所まで185Kmで結んでいる154KV(115KV)送電線
鉄塔 国産部材(石川島造船所製と思われます) |
電線 硬銅撚り線(建設当時) |
1922年(大正11年)東京電燈が建設
金井水力発電所の運転開始(1922年・大正11年12月)と共に115KVで川崎変電所まで送電を開始しました。
しかし18年後の1940年(昭和15年)には京浜地区の負荷増加に対応するため東京都内の片山開閉所
(現在の武蔵野変電所付近)から最終負荷側の川崎変電所までの区間の群馬幹線を撤去し、新たに2回線鉄塔を
新設する計画が浮上し、その短い期間で撤去された群馬幹線の鉄塔部材や電線は軍需供出させられた模様です。
新設鉄塔は1回線(1号線側)を154KV北多摩線として使用し、反対側の1回線(2号線側)を従来通り115KVの
群馬幹線が使用するという異電圧(154KV×115KV)2回線々路として送電を開始しました。
その後1944年(昭和19年8月)には戦時下の電力政策及び給電上の運用を円滑にし、かつ送電損失の軽減を
目的として群馬幹線(猪苗代旧幹線を含む)を154KVに昇圧し、片山開閉所より若番側を1回線運用とし
異電圧区間の群馬幹線にあっては北多摩線の2号線として新たに154KV線路として運用開始しました。
なお、戦後の1953年(昭和28年)には1回線区間を再度2回線に増強しています。
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